追試、追試、追試! A「〜します。全員起立」 B「全員起立。〜します。」 どちらを使いますか?
指示が先か?趣意説明が先か?
「全員起立」
この指示が入っている追試論文を少なからず見かける。
ところが、先にこの指示を出してから趣旨説明していることがままある。
「微差が大差」(斎藤一人氏)という。
「授業開始のあいさつ」をするかしないかも同じこと。
塵も積もれば山。こうしたことの積み重ねが、知らず知らずの間に大きな授業力の差を生む。
同じ発問、指示をしているにも関わらず、思い通りの結果が出ないのは、こうした微細技術の差が影響しているのかもしれない。
「1」「四角1」「緑四角1」の微差に気づけるか?
算数の時間、教科書に載っている下記のような「学習問題」を扱うとしよう。

指示①「12ページ。1番」
指示②「教科書。12ページ。1」
指示③「教科書、12ページ。四角1」
指示④「教科書、12ページ。緑四角1」
①の指示だと、「12ページ?何?1番?何「1番」ってどこに書いてんの?」その時点で何人もついて来れなくなっている。
②で、「ああ、教科書12ページ。1か‥」となり、
③で、「12ページの四角1‥四角1って紫四角1と緑四角1の二つあるけど、どっちの色だ?」と迷い、
④でようやく、「教科書、手で持って、12ページ。緑色の四角1‥紫四角じゃなくて、緑四角1。これか!」となる。
ところが、「12ページ。1。みかさんは‥」とだけ言って、どんどん授業を進めていく先生がいる。その段階で何人もの子どもがついて来ていないのだが、そんなことに全く気づかない。これでは、同じように追試をしているつもりでも、成果が違って当然だ。
身銭を切って有料講座に出かけて学んだ経験がある先生なら、④に続けて
「教科書立てる。まねします。『みかさんは、‥』」
と、教科書の問題文をすらすらと速いスピードで読む「モデリング」を示した後、子供達に問題文を音読させるだろう。
すると「みかさんは〜、」とのんびり、だらだらと読んでいる子の声が必ずと言っていいほど聞こえてくるので、
「先生は、そんなふうに(スピードで)読んでいません。」
と釘を刺し、もう一度すらすら速く読んでやり、「まねします。」と指示して再度読ませる。(※これが「巻きを入れる」という「教育技術」)
こういう技術は、一人で学んでいたらまず思い浮かばないし、身につけるのは至難の業だ。それは無理だとしても、「今より少しでも良い授業ができるようになりたい」と願うのであれば、まずは「授業を記録する」こと。ビデオで撮って、文字起こし(今はAIが自動で文字起こしをやってくれる)をしてみる。すると、いかに無駄な言葉を発している事に気づくだろう。言葉が多いから、短期記憶が苦手な学力低位の子は混乱していたんだな、と理解できるようになる。
さらに、
A:授業記録を見てもらう。
B:ビデオを見てもらう。
C:授業を見てもらう。
A,B,Cのいずれかを行うことで飛躍的に授業力が伸びる。回数は多い方がいい。
雑誌やWEBで見かけた教育研究サークルが近くにあれば、主催者に連絡をとり、清水の舞台から飛び降りるくらいのつもりで参加してみるのもいい。
ちょっと敷居が高いと思うなら、まずは自分の知り合い(同期、同僚)の先生お願いをして授業を見てもらったり、互いの実践記録や学級通信などを持ち寄って、忌憚なく批評し合うのもいい。
一人だけで本を読み、やってみて、記録も残さず、わかった気になってしまうのがいちばん残念だ。「井の中の蛙、大海を知らず」のままでは、苦労して情報を集めて行った追試の効果も薄い。もう一歩踏み込んで、大海を知ることが大切かもしれない。


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